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世界を魅了する老舗ファッション・ブランド、クリスチャン・ディオールのオートクチュール パリ・コレクションまで8週間の舞台裏に迫るドラマティック・リアル・ストーリーの誕生。

2014年4月ニューヨーク・トライベッカ映画祭のオープニング作品としてワールド・プレミア上映を飾った「ディオールと私」が、遂に2015年3月14日より日本公開が決定した。
レッドカーペットを歩く美しいハリウッド・スターたち。ドレスがつくり上げられるデザイナーとお針子たちの誇りと情熱にあふれた物語。ベルギー出身のラフ・シモンズが、どのようなドレスをランウェイに出してくれるのか。

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8週間前、パリ・モンテーニュ通り30番地、ディオール本社の最上階にまるで宝物のような大事に位置するアトリエで、ラフ・シモンズ率いるデザイナーたちに紹介されたのは105人の経験豊かなお針子たち。12のコンセプトのもと、150以上のスケッチがデザイナーたちによって描かれ、生地が選ばれ、そして作られ、、40年以上の経験を持つ職人たちの手により54本のオートクチュールが完成していく。100万本の花に囲まれた会場にモデルたちがエレガントなドレス姿で歩き出す。

1947年クリスチャン・ディオールのメゾンが設立してから65年、初めてカメラの潜入許可が許された。フレディック・チェンを監督に昼夜問わずラフ・シモンズ、お針子たちを追い、彼らの緊張、心配、疲労、そして歓喜の姿を撮影していく。映し出される貴重な映像は、ディオールの宝というだけでなく、クリエイティブに携わる人々、ひとつのプロジェクトに完成をさせるという同じ志をもつ者として必見の映像となっている。

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「ディオール」の創設者、クリスチャン・ディオールの自伝「ディオールと私」。オートクチュールのデザイナーと言う仕事とどう向き合い、大ブランドを確率したかを、彼は、急死する1年前の1956年に、この中で書いた。それから半世紀以上を経た2012年、名門ディオールのオートクチュールを率いるアーティスティック・ディレクターにラフ・シモンズが任命された。映画「ディオールと私」は、ラフが果敢に創作へ挑戦する姿を、オートクチュール制作の中枢、モンテーニュ通り30番地のアトリエに初めてカメラが潜入し暴きだす。

ところで、オートクチュールとは一体なんなのか。フランス語で文字通りには”高級仕立ての服”。だが正確にはパリ・クチュール組合加盟店であり、そこで作られる高級注文服のこと。オートクチュールの名称は、法的に保護され、それはスパークリングワインがすべてシャンパンと名乗れないのと似ている。認定を受けるには、年に2度のコレクション開催、一定数の作品発表、アトリエ(工房)を持ち、デザイナー(アーティスティック・ディレクター)、パタンナー、お針子を抱えるなど、多くの条件が課せられる。

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オートクチュール・ブランドの既製服やバッグ、香水は身近だが、<超>高価な服オートクチュールを実際に着るのは、今も昔も世界各国の王侯貴族やファーストレディ、大富豪の女性、有名女優など、現在数百人程度と言われている。安い服を着捨てるのが日常な今、なぜ、オートクチュールなのか?この疑問は、その心臓部がアトリエであり、そこで働く熟練のの職人たちが、ラフとともに動き出すのを見ていくうちにわかってくる。スケッチが検討され、トワル(型)になり、それが実際の布で服として制作されていく。刺繍など華麗な手仕事はもちろん、仕立ての段階で施される”刺し縫い”など熟練の技術者の裏技は、オートクチュールの真骨頂(多くの部分が手縫いされいる)。数百万円もするシンプルなデイドレス、豪華なイブニングドレスとなれば千万円以上。そうしたアトリエの秘密の技をカメラが映し出していく。

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映画の山場は、コレクションを発表する華やかなショー。それは、顧客とプレス関係者ら、招待した客の前でラフ自身とディオールの集大成である新作の評価を問う緊張の場だ。パリからすれば片田舎のベルギー出身、それほど有名でもない、しかもオートクチュール経験は皆無。そんなデザイナーが、名門中の名面ディオールの創造の総指揮をとるアーティスティック・ディレクターに指名されたとき、多くの人が驚いた。だが、ラフの最大の強みでもある現代性が、伝統あるメゾンをどう色づけていくか、うるさ型のファッションのプロたちが、揃ってショーを見守っているのをカメラは捕らえていた。そんな大プレッシャーに押しつぶされそうになるラフ。加えて、内気な彼は、ショーのフィナーレに華やかなスターよろしく顔など出したくないとプレス担当者を困らせる。だが、蓋を開けてみれば、成功の大きな喝采が彼の心を一転させる。客の前に現れたとき、素直に喜びに満ちていたラフの顔があった。その顔は、やがてもう一人のラフの変貌していくだろう。